現役早慶写真部員の撮り鉄による写真展「撮り鉄早慶戦」

早大写真部OBの関根さんが店主をしているふげん社ギャラリーにて、「鉄道週間」と銘打ち、現役早慶写真部員の撮り鉄による写真展「撮り鉄早慶戦」を21日(土)まで開催しております。

ふげん社

東京都中央区築地1-8-4 築地ガーデンビル 2F
TEL:03-6264-3665 営業時間: 火-金 12:00-19:00、土12:00-17:00(日月祝休)

詳細URL→http://goo.gl/jQVWPL

 

関根さんは写真部現役時代は面白い視点で人物写真を撮っていて毎回新作をみるのが楽しみでした。

案内をいただいたのでさっそく足を運んでみました。

築地にあるギャラリーはブックカフェが併設されていて落ち着く空間でした。

そしてなんとこちらもOBの「写真の早慶戦」のように投票をしていましたので早稲田側にしっかり投票してきました。

定期的に開催する予定とのことなのでOBの「写真の早慶戦」と同時開催なんていうのもありですかねと話して帰ってきました。

 

平3卒 増田 智

 

 

春季展を見て 宇野敏雄(昭和46年卒)+

 4月9日に白谷さん、宇野さんと私、増田で現役春季展に行ってきました。

幹事長のKくんの案内でその場にいた出品者の作品の合評会が始まりました。

今年の春季展は57点、20名あまりの出品者で見応えのある写真展でした。

宇野さんから総評をいただきましたので以下に掲載します。

 

 

 現役「春季展」行ってきましたので、作者本人と話しながら見た作品と、目についた作品数点について感想を若干。

 先ず、Oさんの「青く、高く」…………空と海の青をコンパクトにすっきりとまとめた構成は、デザイン雑誌の一頁でも見ているようで、気持ちよく見れました。波の動きや青色に陰影、濃淡をつけ大きなサイズのプリントにして組み直せば、「青の多彩さ」をより印象付けられるでしょう。

 K君の「夕景」…………場所、空間、色彩がよく計算されている。でも何かが微妙に足りない。シルエットの平面的な構成美か、写真固有の現実性か、どちらにも焦点を結ばない視線の宙吊りさが、いささか落ち着かない気分にさせる。橋の浮遊感がもう少し出ていればとか、橋のシルエットのメルヘン性と下部の海の描写の「現実感」がうまく噛み合えば不思議な面白い写真になったかもしれない。

La honte……  

 T君の「無題」(上)…………下手なのか、ミスなのか、勘違いなのか、偶然なのか、間が抜けているのか、意識したトリミングなのかノートリなのか、実は上手いのか、いずれにも類推できないのが高橋君の個性です。外国で撮った昨年の写真にも同じようなことを言い、日本や日本人を同じ手法で撮ってみてください、と言ったのですが、今回も昨年同時期の写真ということなので、技法的に進化したのか、手法を手の内にしたのか、評しようがありません。

 カラーの桜の写真(La honte)もこれ一点だけでは同様です。個人的には高橋君の個性は好ましく思っています。がんばってください。

 

 他にS君の「寂寥」…………絵作りも手堅く写真的感性も感じられる達者な写真ですが、タイトルは文学的、説明的ですね。「寂寥」という言葉の中に風景が閉じ込められています。言葉やイメージに囚われずにもっと色々な視点から果敢に自由にアプローチすれば、言葉の壁の外部からより生々しく迫力のある「もの」や「風景それ自体」が乱入してくるのではないでしょうか。

 

 以上個々の作品に即しての勝手な感想ですが、「春季展」全体の印象にもひと言。
それは、みなさん、「良い写真」、「上手い写真」を目指すのはやめましょう、ということです。自分の見つけた視覚の中にもっと驚きが欲しいです。写真とは「驚き」を表現することです。撮った者自身の瞳を惑わせる、思ってもみない生々しく不穏な感情を引き起こす「画面」が生まれて「自分に驚く」経験をしないと、写真という「場」でステップアップできないということです。
 

       
                                                                          (S45年度卒 宇野敏雄)

 

Something Nice!(ブック形式でした)

トイカメラで何気ない日常風景を切り取った写真の数々が一冊のブックになって、なんとも言えない雰囲気をかもしだしています。

そこにはデジタルでは味わえない一瞬が記録されている気がします。

もの思う

 鳥が好きで撮り始めたとのことだが、なかなか思うようなカットが撮れないようだ。カワセミが撮影のために餌付けされているという

話を聞いた。効率的に撮影するために餌付けされるのだろうか。

人間模様

 パレルモのマッシモ劇場だろうか、観客の在り方が絶妙で見とれてしまった。プリミティブな写真の役割りに触れてほっとした。

椿季展を見て 昭和38年卒・土生一俊 +

椿季展にOB4名で行ってきました。

今回は初めて昭和38年卒の土生一俊さんが足を運んでくれました。

感想をいただきましたので現役生の作品とともに掲載します。

      

  思わぬ人から電話が入った。 OB会の代表幹事の白谷氏だ。現役の写真展『椿季展』を見に来ないかという。
突然の誘いに少し面食らったが、折角なので出かける約束をした。
多分、私が長年参画して続けてきた昨年の早慶写真展に出品しなかったこと、私の体調を気にしてくれてのことかと勝手に解釈して神保町にある会場に。
 

 会場に入ると学生たちが初日前日の夕方のため、まだ慌ただしく最後の準備をしていた時だったので少々待ってから拝見することにしていたら、  OBの菊地(42卒)、白谷(45)の両氏も顔を見せにきた。
現役フリーカメラマン増田君もいたので、4人で拝見することにした。
  

 まず私が感じたことは、作品の雰囲気が我々の学生時代40−50年前とは大きく変わっていたことである。50年もの前なので当然といえば当然であるが。
 私たちの時代は学生運動、学園紛争等が盛んに行われていた時代であり、写真表現もおのずと先鋭的なもの、報道写真、ドキュメンタリーや映像論等が幅を利かせていた。まだ白黒が主流であり、カラーは後発なものであったので、色彩で見せる写真は少なく、コントラストや白や黒の濃淡で見せる表現が多かった。特に組写真は、テーマを強調、鮮明にするための構成(大小、全体と部分、アップ。ロング、時間差)等々に気をつけて、立体的に組み立てを考えていたように思う。 

 50年前の写真と現代の写真表現を論じ、比較してもあまり意味がないことであるが、今の写真(椿季展)を見て感じたことは、テーマの表現方法とか色彩表現と写真の組み方見せ方等が大分違っているなということだ。まず、色彩表現において我々に時代でいえば、調子が出てない早上げのようなパステル画のような表現がされている作品が、最近ここだけでなく若い人の写真でよく見られる。

奥や深みをベールして見せないことで安心感があるのかもしれなが、本格的な色彩感覚の写真にも挑戦してくれることも期待したい。 

 それから、テーマ、対象との距離感が意識的であるにせよ、いつもある程度の距離感を保っていることと、同じような画面での雰囲気写真が重複していることが気になった。これは組写真、連作に特徴的である。

これは、前述の今様の若者の色彩感覚、パステル画調と同じなのだと思う。一定の距離間で対峙するとは、深みや奥に近ずかないうことに同じだし、同じような写真を重複する見せ方も等質のものだと思える。      

 いずれにせよ、今の若者、大学生の気質を写真から垣間見ることは貴重な時間で楽しかった。
時代がその時に生きる若者たちをつくるのか、若者たちが時代をつくるのか。勿論、後者だろう。頑張れ若者!!
 

 

 

「それでも」

 造花のバラのように見えるマツカサだった。50mm、f1.4開放での撮影。前後のボケが気持ちいい。

2枚しか撮らなかったとのこと。もっとジックリと見つめて、もう少したくさん撮ってもらいたかった。

「レディー・フォー・ザ・ブルー」

 写真を見た瞬間「セルフポートレート?」と訊いてしまったほど似ていた。瓜二つの姉妹。

冬の空気のシットリ感を表現したかったとのことだが・・・。点数をしぼった方が良かった。

 

「La réticence」

 タイトルはフランス語で「ためらい」の意味。離陸待ちの機内からのスナップ。北海道に帰省して東京に戻るときの心情か。水滴は涙?

もっとたくさん撮りたかったが前の座席の人に叱られたので二三枚しか撮れなかったとのことだった。世の中色んな人が居るもんだ。

    

「 Arrival/Departure」

 岸に停まるボートと沖に向かうボート。透明な未知の世界に向かうボートを選ぶ撮影者だった。

「朽つ」

 タイトルは「朽ちる」の古語。稲村ケ崎の「海浜公園」に残る戦争の遺構。鎌倉のキレイなイメージを崩してみたかった。

姿勢はうれしいが説明を聞かないとさっぱり判らない種類の写真。ちょっと横浜写真の味わい。タイトルに工夫が必要か。

「殻」

 最近昔の思い出が美化されてきているとのこと。高校のときに撮った写真を加工した。中心のカットに収斂させる方法か。

「靄靄」

 もや、なんだがタイトルには深い意味が込められているようだ。もやのせいか全体にボーとしている。ピントが甘くしてあるようだ。ネガカラーで撮ってスキャナーにかけてデジタル処理をするのが普通だと思っていること。実に不思議な色彩感覚。

「はれはれ」

 ローライコードでの撮影は「より光を表現できるかな」と思ってのこと。光が滲むところなど最近のデジカメにはできない芸当だ。ハレとケ。晴れた日のハレで「はれはれ」なんだって。

「00:00:00:01」

 タイトルは映像のワンフレーム目の意味。「映像の中に写真が内包されている。動画の中から抽出したワンカットを写真という」昨今の姿勢に反撥を覚えて「写真を使って映像(動画)を想像させよう」という試み。

「 sheer/blur」

 毎回「観念的な写真」を見せられる。今回は宮沢賢治の「春と修羅」と関係しているとのこと。春なのに修羅が好き。今回も実家(猪苗代)の周辺で撮影した。

タイトルのsheerは透明なもの、blurは曖昧なものの意味とのこと。

 

 Méme 

 京都駅の古いホームでスマホに熱中する人。駅構内に居る人々が好きで撮り続けるが、肖像権などの関係で人を撮る困難さに悩む。

 

   Le boullet

 タイトルはフランス語で弾丸の意味とのこと。発音はブレで写真はブレている。中途半端な流し撮り。車輪もチョン切れていて

典型的な失敗作。でも、ブレずに人を撮り続けて欲しい。

 

「朝日新聞出版写真部の70年」展へのお誘い  昭和45年卒・白谷達也

◎品川と銀座のキャノンギャラリーの同時開催となります。

 ★銀座は一週間ですが、品川は長目にやっています。

 ★展示内容は異なりますので両会場合わせてご覧いただければ幸いです。

  ★3月12日(土)午後4時から銀座会場で、稲村不二雄さん(昭和31年卒)と白谷達也さん(昭和45年卒)のギャラリートークがあります。

 

CANON GALLERY OPEN GALLERY 1&2(品川)

写真展のご案内
 
題名  THE TIMES PEOPLE SHARED  朝日新聞出版写真部の70年
期間  2016年3月09日(水)–  2016年4月12日(火)
 
写真展概要(展示趣旨)
 
俳優・渥美清の笑顔から始まる時代を彩ったひとたち。皇室、作家、スポーツ選手、市井の人々。時代は人によって作られ、人はそれぞれの時代を懸命に生き抜く。
終戦直後の1945年12月に創設された朝日新聞出版写真部がとらえ続けた70年の蓄積。保管庫で長年眠っていたフィルム群。ルーペの中で、終戦直後から現在までそれぞれの時代の人々の姿が再び浮かび上がった。
人だけではない。世界中で空撮取材した「風船旅行」。ローマの遺跡、米国の球場、まだ生活が営まれていた頃の軍艦島。地表の造形は人類共通の記号とも読み取れる。
時を経てさらなる力を持った写真の数々。再構築されたこの展示から発表当時とはまた違う意味を感じ取っていただければ幸いだ。 

写真体裁  A2–B0 およそ80点+プロジェクターによる雑誌表紙の投影
 

キヤノンオープンギャラリー1&2
 
タイトル:THE TIMES PEOPLE SHARED 朝日新聞出版写真部の70年
 

        2016年3月9日–4月12日

 
コーナー1・表紙を飾った人々(週刊朝日、アサヒグラフ、AERA)
 
旧:渥美清、夏目雅子、キャンディーズ、高倉健、小澤征爾、手塚治虫、岡本太郎、菅原文太、尾崎豊ほか20点程度
新:この3年の週刊朝日、AERAの表紙から7–8点
 
プラス:表紙誌面をプロジェクターで投影。
 
コーナー2・写真部がテーマにしてきた5つ
 
1,高校野球:昭和、平成のスター選手たち20点
2,司馬遼太郎:司馬氏の足跡を訪ねて5?6枚
3,皇室:美智子さま(ご結婚から現在まで)
4,高度成長期のひとびと(富山治夫の現代語感など5点)
5,日本雑誌協会の受賞作
 
コーナー3・第1部
 
昭和の大作家たちのポートレイト:川端康成、三島由紀夫、大江健三郎、寺山修司、司馬遼太郎、開高健、吉行淳之介、野坂昭如、水上勉の9点
 
コーナー4・第2部
 
風船旅行:写真部が確立した空撮ドキュメンタリー。国内ほか世界各国を取材。
 

キヤノンギャラリー写真展のご案内
 
題名  PEOPLE WHO SHAPED THE TIMES  朝日新聞出版写真部の70年
期間  2016年3月10日(木)– 2016年3月16日(水)
 
写真展概要(展示趣旨)
 
終戦直後の1945年12月に創設された朝日新聞出版写真部がとらえ続けた70年の蓄積を新たに見直した。
フィルム保管庫で長年眠っていたフィルム群。ルーペの中の1カット1カットには終戦直後に始まり、高度成長期を経て現在までそれぞれの時代を彩った人々の姿が再び浮かび上がった。芸能人、文化人、政治家ら有名人、そして市井の人たち。
さまざまな著名人の家庭の夕食のだんらんを30年以上にわたって撮影し続けた「わが家の夕めし」のシリーズからは家族や仲間の普遍の愛があふれていた。
ポートレイトの数々からはそれぞれの時代の人が持つ大きなエネルギーが発散されていた。
時代は人によって作られ、人は時代の中で懸命に生き抜く。時間を経て写真は新たな力を得る。その証明をしてみたい。
 
写真体裁  A–B0 およそ35点
 
地方巡回展示予定  
キヤノンギャラリー名古屋 2016年4月28日(木)– 2016年5月18日(水)
キヤノンギャラリー梅田  2016年3月31日(木)– 2016年4月06日(水)

キヤノンギャラリー銀座、梅田、名古屋
タイトル:PEOPLE WHO SHAPED THE TIMES 朝日新聞出版写真部の70年
銀座:2016年3月10日–3月16日
梅田3月31日–4月6日(銀座と一部展示内容変更)
名古屋4月28日–5月18日(銀座と一部展示内容変更)
 
コーナー1&2 ポートレイト
 
芸能人、政治家ら有名人のポートレイト
○ポートレイト:高峰秀子、森繁久弥、山本富士子、松下幸之助、吉田茂ら
 
コーナー3 わが家の夕めし 
 
○1967年から33年間連載されたのべ1500カットのなかから小泉純一郎一家など22点
 
コーナー4 銀座の今昔 
 
○写真展の締めに新旧の写真
 

新年会を開催しました。    S48年卒・稲山正人

 梅の花が開き始めた2016年2月6日(土)、恒例のOB会新年会を高田馬場「味音」(韓国家庭料理)で開催しました。
 
 この新年会は10年ほど前にS44年卒とS48年卒がそれぞれやっていた新年会が合流して始まったもので、今回はS44卒からS50年卒まで各年度二三名ずつの参加がありました。
 
 H3年卒の参加もあり近年は比較的若い世代の方々も参加されるようになり、S48年卒の幹事としては漸く先輩気分を味あわせていただいております。

 冒頭、S45年卒の白谷氏の稲門写真クラブ活動報告を受け、同氏の乾杯の音頭で開宴。お互い近況報告など話が尽きることなく、盛況のうちS47年卒の柏木氏の記念撮影をもって中締めとなりました。
(S48年卒・稲山正人)

 

昭和32年卒の池田宏さんが写真集「南極」を出版されました

◎昭和32年卒の池田宏さんが写真集「南極」をGakkenから出版されました。 税別3、000円です。

   氷の大陸、南極。何万年、何十万年の氷が創り出す美の記録。

      南極に恋をして46年 1966ー2012年。

   中学生のとき「僕は南極探検家になる」と決意して以来、24回におよぶ南極取材の集大成です。

 

【訃報】昭和34年卒の丸山好雄さんが亡くなっていたことがわかりました

◎昭和34年卒の丸山好雄さんが、長年患っておられた肺気腫で、昨年(平成26年)2月11日に亡くなられていたことがわかりました。ご冥福をお祈りいたします。

※【修正・追記】平成30年5月14日、ご家族からのご連絡がありましたので、本記事を修正・追記いたしました。(平成2年卒・金城)

 

早稲田祭合評会報告 平3 増田 智+

◎早稲田祭展合評会報告 

2015.11.22「早稲田奉仕園」会議室

 今回は幹事会メンンバー3名+S60卒の塩澤さんに加え、三田写真会の倉内宏勝さん(S35年卒)をお迎えしての合評会となりました。

 きっかけは「第12回写真の早慶戦」開催記念パーティーの二次会でのことでした

 二次会会場の「新宿ライオン」で、倉内さんはブリューゲル、土門拳、ブレッソンなどの絵や写真のコピーを振り回し、相手構わず持論を展開されました。それまで何度かお目にかかっており、「随分熱心な方が慶応にもいらっしゃるなあ、稲門に来て欲しいなあ」と思っていましたので「合評会に来ていただけませんか」とお誘いした次第です。

 真っ直ぐな性格で思ったことを正直にしか言えない倉内さんは、「早稲田人」以上に「早稲田人」らしく、歯に衣着せぬ講評を展開されました。ありがとうございました。

倉内さんにお願いしていました原稿が届きましたので、原稿に沿って報告します。

ブルーの字は倉内さんの感想でブラックの字は稲門参加者の報告です)

慶応日吉新人展と早稲田祭合評会 

倉内宏勝(昭和35年慶応義塾大学経済学部卒) 
 
 僕は慶應義塾大学カメラクラブ(K.C.C)の新人作品批評会には2008(平成20年)から出席している。毎年7月の第一土曜日午後1時から日吉キャンパスの一教室を借りて行われている。
 
 48年ぶりに訪れた日吉キャンパスの教室を見て驚いた。各自の机の下には電気コンセントがある。スライド用プロジェクトがあって、黒板の前の天井からはスクリーンがおりて来る。1960年(昭和35年)卒の僕には考えられない教室設備だ。
 
 新人学生の作品数は、2008年(平成20年)は15点だったが、毎年徐々に増えて行き30点を越す年もあり、2015年(平成27年)には27点だった。
 批評会のしかたは、1年生が自分の作品を手に持って、教壇に立ち、学部、氏名、写真の題、その狙いを説明する。説明が終わると司会者が「OBのかた批評をお願いします」と言うと、6-7人のO.Bが次から次へと、意見を言ったり、作者に尋ねたり、あっという間に持ち時間の15分から20分はすぐに終わってしまう。
 
 黒板の右端には本日出席しているO.Bの名前が、卒業年次順に書いてある。
新人学生は、自分の作品についてO.Bと議論する時間は余りない。どうもO.Bからの意見ばかり聞いて、司会者が「ハイ時間です」と言うと、そこで終わってしまう。
 
 新人学生の写真のレベルは、年によって違うが、基礎を知っている上手な新人もいれば、初めてカメラをK.C.C部活室から借りて、日吉キャンパスを回って撮った新人もいる。新人が一番良いと感じた作品をO.Bと部員の間で発表する。
 
 僕の眼から見て、新人学生の写真レベルは、A、B、Cのグループに分けられる。
 
 ・Aグループ 少し助言して、修正すれば、作品になりそうな上手なグループ
 ・Bグループ 遠近法は多少感覚的には分るが、背景をよく考えないで、シャッターを押してしまうグループ
 ・Cグループ  「物体派」が多く、人間を写さないで、機械、器具、部品だけを単独に撮るグループ
 
☆物体派1
 文学部の女子1年生が登場した。持っている写真は、台所の流し台の水道の蛇口をやや上から、蛇口だけをアップで撮っている写真だった。題は「ねじってしまいたい」。
「蛇口のゴムパッキングが摩耗して、水がポタポタと落ちてきて、いくら捻っても、水が止まらないので、その状況を写真に撮りました」。
 
☆物体派2
 望遠レンズで鎌倉市長谷の大仏を頭部だけ撮ったもの。画面の上2/3は空、下1/3に大仏の、巻貝に似た丸まった髪の毛、螺髪(らはつ)が40個だけ写っていて、額、顔は全然写っていない。螺髪が40個の上は曇り空。題は「鎌倉の空」。
「鎌倉の空を表現してみました。」
 
 確かに作品の狙いは分る。
学生時代、無報酬で指導いただいた長野重一さん(塾経済昭和22年卒、プロ写真家)の話では「どの作品にも必ず褒めるようにしている」と聞いていたので、水道蛇口の写真も、「鎌倉の空」も褒めようとする気はあるのだけれど、その言葉が出て来ない。絶句してしまった。
 
 Cグループを指導するのは一番難しい。
   なにしろ日本を代表する写真家木村伊兵衛(1901-1974)や、土門拳(1909-1990)を今の学生は知らない。
 だから古今東西の良い絵、良い写真を沢山見せることが必要であると考えた。
 
 日吉キャンパスの新人批評会は、新人一作品に、15-20分間で批評する。
 6-7人のO.Bが次から次へと意見を言い、聞く新人は何がなんだか分からないうちに終わってしまうのではないかと、心配になった。
これでは「船頭多くして、船山に登る」にならないか?つまり指図する人が多くて、方向の統一がはかられず、目標がとんでもない方向にそれてしまうのではないかと思った。
 
 日吉の並木道を駅に向かって歩きながら考えた。なにか紙芝居のように眼に訴えて、新人の脳裏にしっかり植え付ける方法はないものかと考えた。
 毎曜日曜日NHK2Eテレの「日曜美術館」見たり、日本経済新聞の日曜日「美の美」を読んだり、重要な写真展、絵画展も出来るだけ見るようにした。江戸時代の浮世絵でもいい、京都高山寺の鳥獣人物戯画でもいい、なにか1枚で表現できる作品はないか探した。
 
そこで、ピーテル・ブリューゲル「雪中の狩人」1565年、ルネッサンス後期の風景画(下)を使うことにした。
 
 
 前景には狩猟犬を何匹も連れた3人の狩人、中景には家の近くで働く主婦たち、遠景には橋の上に荷を背負って運ぶ人、氷の上で釣りをする人、スケートをする人、この近景、中景、遠景にそれぞれ、このように人物を入れて撮って下さい、と話し始めた。
学生には、ただ口で話すよりも分り易いと思った。
 
「雪中の狩人」の次にフランスの写真家、アンリ・カルティエ・ブレッソン(1908-2004)のL’Aquilla」1951年を見せる。この写真にも、近景、中景、遠景があって、まとまっている。
 
 
シンメトリーの作品の例として、土門拳「傘を回す子供」1935年を見せる。
このように紙芝居方式で学生の脳裏にしっかり植え付ける方法を考えた。
 
 
 今年の11月2日三田写真会の幹事杉田重男君(昭48卒)よりメールがあった。
「倉内さんに早稲田の作品批評会11月22日(日)への出席依頼がありました。倉内さんのご都合、ご意向をお知らせ下さい」とあった。
 まずなぜ僕を誘うのだろうと思った。慶應には昭和19年卒もプロ写真家芳賀日出男大先輩がいるではないか。何故僕が指名されるのか分からなかった。僕はプロ写真家ではない。僕は一日たりとも写真で飯を食ったことがない、完全にアマチュアの範疇だ。
 
 三田写真会代表の金井三喜雄君(昭和41年卒)に電話した。「倉内さん、都合がつくのなら、行って下さいよ。僕は当日都合が悪くて行けませんけど」と言う。杉田君も行けないという。
杉田君からは「いつもの倉内節で、感じたままに、ストレートに評すれば良いと思いますが」とメールが入ってきた。
 ちょうど11月20日(金)-23日(勤労感謝の日)は三田祭開催中で、KCC写真展は大学院館2階で開催中ということもあり、代表幹事百武直樹君(昭和52年卒)も現役交流幹事の日野光輝君(平成12年卒)も出席できないということで、結局僕一人で早稲田に行くことにした。
 ★
 早稲田は学生時代に行ったことがある。58年ぶりの訪問だ。当時国鉄高田馬場駅からバスに乗って行った記憶がある。11月22日(日)もバスで早稲田に行こうと思っていた。
稲門写真クラブの増田智さん(平成3年卒)からメールが来て、「当日地下鉄東西線早稲田駅の2番出口で12:50にお待ちしています。」
いやあ!時代は変わった。地下鉄で早稲田に行けるのだ!
 
 僕は11月22日(日)約束の時間より少し早めに、メトロ東西線、高田馬場駅の2番出口に着いた。増田さんのケータイに電話した。
 
 倉内:「今、2番出口に着きました」
 増田さん:「近くにおります、すぐ行きます」。
 
 増田さんは元気良く姿を表した。そして早稲田奉仕園の方へ歩き始めた。
 
 増田さんの話によれば、「早稲田大学には、3つの写真部があると言う。『早大写真部』は学生数約100人で一番多く、商学部を中心とした『写団シャレード』が約30人、理工学部を中心とした『リコシャ』」が約30人だと言う。
 今日は11月7日(土)-8日(日)に開催された早稲田祭に出品した作品を批評する会で、学生は7-8人来る予定だと言う。
 
 場所は早稲田奉仕園の会議室、出席者は、稲門写真クラブ(早大写真部O.B会)からは、代表幹事の白谷達也さん(昭45年卒)宇野敏雄さん(昭45年卒)塩澤秀樹さん(昭和60年卒・フリー写真家)増田智さん(平成3年卒)の4人。
出品学生は1年生2人、2年生1人、3年生2人、大学院2年生1名、それに某美術大学3年生(休学中)の他大部員1名の合計7人。
 
 増田さんの司会で、僕が紹介され、自己紹介した。
「僕はプロ写真家ではない。慶應には昭和19年卒の芳賀日出男大先輩がいるのに、僕が呼ばれたことは、日吉キャンパスの新人展の批評を担当しているからでしょう。今日は日吉キャンパスと同じように批評させていただきます。」
 
 先ずピーテル・ブリューゲル「雪中の狩人」の絵をみせて、近景、中景、遠景と人物を配置して下さい。次に、アンリ・カルティエ・ブレッソンの「L’Aquilla」を見せた。シンメトリーの見本として土門拳「傘を回す子供」の写真を見せた。
 
 
 続いて学生の作品発表となった。
 
1.3年女子学生、「通天閣下の商店街」
 
 写真は商店街の道の中央から、商店街を撮っている。道は手前が幅広く、遠くは幅狭く、三角形になっている。ここで東山魁夷の絵「道」を見せ、この三角形は、構図としてとても安定している。ここに人物を近景、中景、遠景を入れれば、すばらしい作品になったと思う。
レベルはAクラスのグループ(修正すれば作品になりそう)
 
 
 ☆
 ここで倉内さんは「僕がどんな写真を撮ってるか、先ず僕の写真からお見せしてからじゃないとね」
と言って、かつて『写真の早慶戦』に出品した自作プリントを持ち出し、自作写真の撮影意図や構図について説明されました。
 それから、ブリューゲルや長野重一さんの写真で近景、中景、遠景やシンメトリーについて話され、最後に「何故こんなことを言うかというと、僕は社会派だから」とおっしゃいました。
懐かしい言葉「社会派」。さすが倉内さん、よくぞ言っていただきました。WPS(早大写真部)の保守本流を自認する者たちを支えることば「社会派」。倉内さん、面目躍如。感激しました。
 
 でも、感激のあまり「社会派」という言葉が現役に通じたのかどうか、つい失念してしまいました。
 
 倉内さんに申し訳ないことに、今回はほとんどの作品をPCモニターで見ることになりました。学生会館に保管していたところ当日学館に入ることができなくて、プリントを持ち出せなかったとのことでした。
 
 タイトルは「昏々」。
 シャッター街の写真ですが「ドキュメント」というより「風景」になっていて、OBたちの中には物足りなく感じた人もいたようです。何故ならばシャッター街は社会派のテーマの一つだからです。
 しかし、声高かに叫ぶのではなく、この作者の繊細な感性が写真に温もりを与えているようにも思え、また、タイトルを味わってみると、作者の想いが滲み出して来るようでむしろ適正な表現のように思えました。
 
 展示用プリントに加えBookも見ました。
 Bookではヨコ位置写真の長辺がカットされており、印刷の調子も相当違っていたのでOBから質問が飛び、Book制作上のノーハウや問題点について話し合いました。
 
 一年生の時の作品のことを思うと、この作者が確かな良い時間を過ごしてきたように思えて嬉しくなりました。
 
 
2.他大部員(某美大生)3年の作品
 
 スナップで画面いっぱいの人物写真。渋谷ハチ公前のスクランブル交差点の手前で、彼は「すいません写真を撮っていいですか?」と尋ね、「ハイ」と承諾した人の顔を、グッと近づいて、20から30人撮って来たと言う。驚いた、こんな度胸のいい学生は慶應にはいない。見知らぬ人に声をかけて、シャッターを押すことが平気なのだ。この学生、撮影テーマを決めて実行すると、すばらしい作品ができるだろうと想像した。特別参加として、他校の学生を入れることは、良い刺激を受けると感じた。
彼もAクラスのグループだ。度胸の良さはピカイチだ。 
 
 
 ポートフォリオのために人の頭部だけ20枚ほどで構成された作品。
「撮りたい」と感じた人に声を掛けて、50mmレンズ装着のデジカメで一人1カットかせいぜい2-3カット撮影したもの。
100人ちょっと撮影して20人に絞ったそうです。声をかけて撮影OKになるのは20%程度だそうですから、2000人には声をかけた勘定になります。三ヶ月間来る日も来る日もスクランブル交差点に立ったとのこと。従って休学しての撮影とあいなりました。
 
 休学中は広告関係の注文仕事などをこなしながら多様な作品創りをやってきたという。まるでかつての篠山紀信さんみたいだなと思いましたが、美大入学前はまったく写真はやっていなかったそうだから驚きでした。
4月にはデザイン科に復学を目指しているとのこと。広告カメラマンを目指す彼の貪欲さとエネルギーには皆脱帽。
 
「鬼海(弘雄)さんはどう思う」と水を向けると「これをやった後で見たんですが、すごい!!」との反応でした。
 
 器用で多才だと思いますが、流されないようにして欲しいものだと思いました。
しかし問題ないようです。ここでは登場しませんが早稲田祭展で展示されたもう一つの作品「一枚だけ」のような自縄自縛精神も持ち合わせているようですからね。
 
 
3. 文化放送学部(昔の2文)1年の作品
 
 フランス語の教師が案内するフランスツアーに参加して、フランス各地を回って、田舎に道で出会ったフランス人少女を撮った写真だ。撮るとき、習ったフランス語「ca va!」(元気、大丈夫ですか)と言ってから、シャッターを押したと言う。
 写真を見ると、背景を考慮に入れず、少女だけを夢中で撮ったという感じがする。シャッターを押す前に、この背景でいいのか?確認する余裕が欲しかった。
この少女を表現するのに、ふさわしい背景かを考えて、シャッターを押せば上達しますよ。
Bクラス(背景を考えてシャッターを押す)
 
 
 タイトルはCet été
 プリントがカブッていましたが特別な考えがあるわけではなく、初めての暗室作業での単なるミスだったそうです。今は終日暗室にこもることもあるそうで、焼きも巧くなったとのこと。
 
 背景処理(後ろの柵)については「バックを先に選んでから撮らなくっちゃ」という過激な発言もありましたが、特別の作為を感じさせないニュートラルさが話題になりました。
 そう言えば一時「ヘタウマ」という言葉もありましたが、あの「ヘタ」さとは異質の「ヘタ」とOBたちには受け止められたのか、「すべて中途半端で、その下手さが良い」だとか「脱力感が羨ましい」などむ

早稲田祭写真展報告 平3卒 増田 智

今年も早稲田祭写真展に行ってきましたので報告します。

早稲田には写真展を行っているサークルが3つあります。シャレードー、リコシャ、そして早大写真部です。

前2つのサークルは30点ほどのしかもA4サイズ以下の展示ですが、早大写真部は100数点を展示し大きさもA3ノビと規模としては圧倒的です。

作品も多岐にあたり見ていて面白いかったです。

来場者が1000人というのもうなづけます。

 絶えず人が入ってきて人ところに留まって写真を見るものたいへんでした。

フォトブックもたくさんあって展示とは違いレイアウトしたり文章を入れたり、また壁面の写真と連動して表現しているのもよかったです。

「Factory tour」

今回の一番人気でした。デジタル独特の鮮やかな色が多くの人の足を止めさせていました。

撮影場所も全国に渡り、努力も感じられましたしご本人の場所場所での解説もおもしろかったです。

「一枚だけ」

 

上の写真の一部をアップしたものです。

デジタルから写真を始めたそうですが、フィルムに立ち帰って一枚一枚の重さを感じな がら撮ってみようという試みで今回はすべてブローニーフィルムでの撮影で壁面いっぱいに写真を並べたそうです。いつのまにやらカメラはピントも露出も色も 自動になってしまったなー、絵作りもまったく違ったものになってしまうのだろうなーと思ってみると意外と写真自体は我々の頃と変わっていないのが不思議で した。

「昏々」

一年生の時から作品を拝見していますが肩の力が抜けた写真が独特の雰囲気を醸しだいていて好感がもてます。

技術も上がって自分の気持ちをよりわかりやすく表現できるようになってきている気がします。

 

 「一瞬の邂逅」                   「Color」

新人展から見ていますがいろいろなジャンルに挑戦している姿勢が頼もしいです。努力も惜しまず制作してますし写真が楽しくてしょうがないのが伝わってきます。ぜひ自分にしか撮れないテーマを見つけてほしいです。

  

 「Ideal world イデア界」

早大写真部のレベルの高さを示してきたWくんも卒業とのこと。ぜひ写真は撮り続けてほしいです。

 

次回は早稲田祭の作品合評会を行ったので報告します。

今年は慶応OBの倉内さんをゲストにお呼びして現役生にいろいろな話をしていただきました。