三田写真会・小野隆彦さんが写真展を開催します。

「写真の早慶戦」で交流のある三田写真会の小野隆彦さん(昭和49年卒)が写真展を開催します。

今回の写真展は超広角レンズで撮影した際に自分の足元が写ってしまったことをきっかけに禅家の語である 脚下照顧(人に向かって理屈を唱える前に、まずは自分自身の足元を見て己を反省すべきであるといった意味)を思いつき、エジプト、バリなど旅をする中で同じ手法で撮影してきた作品だそうです。ぜひこの言葉を考えながら作品鑑賞を楽しんでください。

「MIND YOUR STEP!  脚下照顧」

2020年10月7日(水)から10月11日(日)11時から19時(日曜のみ17時まで)

ピクトリコ ショップ&ギャラリー表参道

渋谷区神宮前4-14-5 Cbina表参道1F (03-6447-5440)

 

 

縄文・小川忠博さん写真展を見て 平3卒増田 智

伊豆高原の池田20世紀美術館にて開催中の縄文 祈りの造形 小川忠博写真展を見にいってきました。

地下にある会場はかなりの広さですがそれを生かした大伸ばしの写真が随所に見られました。

特に入口に展示された特大の縄文文様の写真2点は圧巻です。

都内での狭いギャラリーに展示された小さい写真は近づいてまじまじと見ないとよくわからないことがよくあります。そういう行為になれてしまっている身としては作品との距離を保ちゆったりと鑑賞できるの気持ちのよさを味わいました。

中にはこんな面白い土器もありました。信仰としての意味合いとは別に縄文人の個性的な感覚と遊び心が感じられ楽しめました。

今回の写真展を見ていて、自分が20代の頃に山形酒田の土門拳記念館を訪れたときのことを思い出しました。入ってすぐに大伸ばしの奈良東大寺お水取りの写真がいきなり目に飛び込んできて圧倒されました。

小川さんの写真展も入口の大伸ばしの縄文文様2点で心を掴まれました。360度の土器の模様を平面化して一枚の写真にするスリットカメラの技術なくして実現できなかった素晴らしい作品でした。全体的には写真の大きさの強弱に気を配り飽きさせない展示でした。

ちなみに同行者は写真そのものというよりは写っている被写体の「物語」(たとえば出土した場所がどこにあるとか、その土器の使用用途はどういったのもか、そして縄文文様の解説等)をもっと知りたいようでした。

 

現役生写真展・オンライン夏季展のお知らせ

コロナ禍のなか大学は閉鎖され授業もオンラインとなり、写真部も活動できない状況です。そんな現役生からオンラインで写真展をやるという新しい試みのお知らせが届きました。8/24から閲覧できますし感想も書けますのでぜひ後輩に温かい応援をしてあげてください。H3卒増田 智

お知らせ
処暑の候、写真部OB・OGの皆様におかれましてはますますご健勝のこととお慶び申し上げます。写真部は来る8月24日(月)から8月31日(月)までの一週間にかけて、夏季展を特設サイト上にて開催します。当展は新型コロナウイルスの影響により中止となった2020年前期の諸写真展を補完する臨時の写真展となっております。WEB上での写真展の開催はおそらく写真部の歴史上初めての試みであり、それゆえ至らぬ点も多々あると思われますが、部員たちの協力により80点以上の作品を出展することができました。ぜひ夏季展をご観覧いただければ幸いです。
夏季展特設サイトのURLは下記の通りです。

URL:https://www.wps-exhibition.com/

通常は写真展のDMを郵送させていただいておりますが、新型コロナウイルスの影響により印刷・発送作業が困難になったため、イメージ画像にて代えさせていただきますことをお許しください。

それでは、夏季展の特別サイトにて皆様のご来場をお待ちしております。

早大写真部幹事長

昭和40年卒・小川忠博さんから写真展のお知らせ

みなさま

どうにか 一波 二波とやらの間で写真展を開催することができました。ただ、この波間の静けさもあやしい気配、ご来場いただくことが難しくなりそうです。
とりあえず、会場風景をお届けします。インクジェットプリントを使用し、最大2.4m×5.4mの壁面や2.4m×3.5mのバナープリントを使用して、額装なしで、160の写真展示をしてみました。
10月13日までの長い開催期間です。
波間を見計らってご覧いただければ幸いです。
小川忠博

昭和43年卒・岡沢克郎さんからの写真展開催のお知らせ

岡沢克郎 作品展
ライフワークである高校野球を中心にスポーツの持つ人間のドラマを長い歴史の中にちりばめてあります。
悲喜こもごもな一瞬の中で記録より記憶、決定的瞬間より表情豊かなアスリートたち。スポーツの瞬間、前後にずれるシャッター音、私本来の持ち味を前面に押し出しました。野球の写真で表現するならばバットとボールの衝突、クロスプレーだけがスポーツを表現する手段ではないはずです。2000年以降スポーツグラフィック「Number」への寄稿、スポーツフォトエージェントの仕事を行っており、「あっ!この写真覚えてる!見たことがある」と言っていただけるのが何より嬉しく思います。選手たちのオフショット、笑顔も多く展示させていただき見る方が飽きない場面展開、人選をさせていただきました。まだ多くの作品や伝説が私のタイムラインに眠っています。今後とも雑誌(書籍)、TV、インターネットを通じて皆さまにご覧いただけたらと願っています。
【略歴】
1945年横浜生まれ  早稲田大学第1商学部卒 早大写真部在籍
出版社 学研を経て1998年PHOTO SPORT 設立
スポーツ取材歴: 春夏の高校野球甲子園大会
ソウル、バルセロナ、アトランタ各五輪
仏、日韓各ワールドカップ ほかバレーボール等多数
著書:『ザ・甲子園』『甲子園夢伝説』
写真集:『甲子園の恋人たち』『桑田真澄さよならメモリー』
『全日本男子写真BOOK』『中田英寿日本代表全試合』ほか多数

昭和60年卒・塩澤秀樹さんからのお便りです。

手前の熊の親子でソーシャルディスタンスを確保?

「次回『第15回写真の早慶戦』のテーマなどについて話をしたいし、今年秋に予定している自分の写真展についても相談したいので拙宅までお越しいただけまいか」
と三田写真会・「写真の早慶戦」担当であり早稲田大学商議員の小野隆彦さん(昭和49年卒)のお誘いを受け、緊急事態宣言が緩和されて間もない6月上旬に出掛けて行きました。

JR大森駅の改札口で、「稲門写真クラブ」幹事会の白谷代表、菊池副代表、常任幹事の福田さん、増田さんと私塩澤の5人で待ち合わせをしました。
駅から小野邸までの道中約15分強、多少のアップダウンがある道のりでしたが、早くも諸先輩方が鼻息荒く厳しい表情をされていらっしゃいました。もっと近くの駅で待ち合わせをすれば良かったかな?と思いやりが足らなかったことに早くも反省。それともコロナ下で体力、脚力が低下されたのでしょうか?先輩方にはいつまでもお若くお元気でいらしていただきたいと強く願いました。

豪邸でした。みごとな桜の樹に迎えられ、花の季節を想いました。
まずはシャンパンで乾杯!ビール、ブランデー、ウィスキー、日本酒、何でもござれ。北海道の厚岸からわざわざお取り寄せいただいた牡蠣をたらふくご馳走になり早くも宴会ムードです。自宅では絶対に味わえない贅沢な宴でした。小野御夫妻様、本当に有難うございました。

書斎では、今年2020年秋口から始まる小野さんの写真展「MIND YOUR STEP 脚下照顧」の作品をPC上で拝見しました。大きく拡大しても画像が荒れない某メーカーのカメラとレンズに一同驚愕しました。
宇宙船から地上にあるマッチ箱を撮影しても、文字が見えるというのもうなずけます。技術はとてつもなく進歩していたのですね。このように高性能なレンズとカメラを使用したら、女優の毛穴までハッキリ写ってしまうこと間違いなしです。困ったものです(笑)
そのような目を武器にした小野さんの旅写真を会場で拝見できることを心待ちにしております。

さて本題の2021年「写真の早慶戦」テーマの話ですが、「街歩き」「路地」「コロナ後の日常」などが候補に上がりました。現時点では「街歩き」が一歩先んじています。より一般的、汎用性の高いテーマに落ち着くことになるのでしょうか。
慶応サイドの意見調整も必要です。「非日常風景」など、昨今の新型コロナの拡大を受け日常生活がどのように変化したのか、などを表現するには相当な力量が必要とされます。プロ・アマ混合の早慶OB・OG写真部ですが、趣味的写真の愛好会、交流会であることを考え合わせると「無難なテーマ」の方が纏まりやすいのではないかと思われます。
「街歩き」でしたら全国の会員の皆さんにも参加していただけます。勿論、新型コロナとの共存以後の「日常性」を表現したい方は、腕を振るっていただければと勝手ながら思っています。

幹事でもない私がこのように申し上げるのも失礼かと思いますが、きっと収まりの良い方向にまとまっていくことでしょう。これぞと思うテーマを思いついた方は名乗りを上げていただきたいと思います。
個人的なことですが、気がつけば50代後半に突入しました。新型コロナで大打撃を受けつつも、まだ生き残っていることに感謝をし、できないことを嘆くよりも今できることに焦点を当てて、生き切りたいと思います。
OB・OGの皆さんと「第15回写真の早慶戦」で再会できることを楽しみにしております。

塩澤秀樹(写真家、昭和60年、第二文学部美術卒)

昭和44年卒・多久彰紀さんからのお便りです。 「不要不急老人の暇つぶし日記」

日本全国が新型コロナ自粛中の4月23日、以前勤めていた会社の後輩が私の住む野田市を訪ねてきました。

コロナ対策の一環として、ローテーションを組んで順番に有休を取らされているそうです。彼が言うには、それはいいとして、娘も在宅勤務となり、居間にPCを持ち込んでキーを叩いたりメールのやり取りしたりで落ち着かず、オヤジの居場所がなくなった。暇つぶしに会って話したいと、電車を敬遠して車でやって来ました。

当方元々暇な年金生活者だし大歓迎なのですが、話すといっても、なぜか野田の田舎にも最近相次いで出店したスタバやタリーズは休業中だし、ファミレスなんかに長時間居座ると白い目で見られそうだし・・・天気いいのでこの際清水公園へ行こうとなりました。施設はすべてコロナで閉鎖されていて、都内の公園と違って人が押しかけて密になることもありません。

園内の林の中に置かれたベンチの両端に座り、なんやらディスタンスを一応意識して話し始めました。話の半分は彼の仕事上の愚痴を含めた会社周辺のあれやこれやでした。話は生臭く俗臭ふんぷんとしていましたが、木漏れ日の下爽やかな風に吹かれながら緑に囲まれているだけで、とても気持ちよく癒される思いでした。
オッサン二人がよりによって公園のベンチで密談する羽目になったのは新型コロナのせいなのですが、一方で近頃感じることのなかった清々しさを得ることができたのは、逆にコロナのおかげと言えるかもしれません。途中近くのスーパーに昼飯のサンドイッチと飲み物を買いに行ったのを挟んで、4時間ほど話し込んで彼は引き上げていきました。

ちょうど新緑がきれいだったので、翌日カメラをぶら下げて園内を廻り写真を撮りました。
自粛生活の暇つぶしにでもご覧いただければ幸いです。

 

 

或る休刊カメラ誌の編集部員が見たコロナ禍

投稿:1990年(平成2年)政経卒 金城正道

昨年の6月から、ある老舗の月刊カメラ誌の編集部で業務委託契約の編集部員として働くことになった。撮りためた写真を持って写真家として売り込みに行ったのがきっかけで、編集長から「ウチでしばらくワラジを脱いでみませんか?」というお誘いだった。それから、月刊の本誌の特集記事や月例フォトコン、別冊付録などの編集を担当し、並行して同誌のWebメディアの記事更新も行った。忙しくはあったが、自由に働くことができてやり甲斐もあった。54歳のオールド・ルーキーとしての働きは、自身ではそう悪くないと感じていた。

しかし、カメラ誌の黄金期は過ぎていた。2000年から数年の間、一眼レフカメラのデジタルシフト>市場浸透と共にピークを迎え、その後は国内市場の飽和、Webメディアの台頭と共に徐々に部数を落としていった。カメラのミラーレス化で市場は広がるかと思われたが、スマートフォンにより市場は蚕食され、ミラーレスに賭けるカメラ業界の思惑が外れそうな気配の中、コロナショックが襲った。

編集部に出入りする写真家・カメラマンたちのショックは、2月の末に予定されていたCP+2020の開催中止から始まった。例年のCP+の“密”な状況を知る者たちからは「このまま開催するの?」「無理でしょ」という声がすでに聞こえ始めていたが、出展社の準備はかなり進んでいるのを知っていた。だから、編集中の本誌の特集は「CP+2020直前スペシャル『この話はメーカーに訊いたんだよ!』謎の新製品」というもの。日々明らかになりつつある新型コロナの報道に「やばいなー」と思いながら編集長に「このまま進めてダイジョブすか?」と確認し「OKオーケー!」というのでそのまま進めた。そして校了後の2月14日にCP+2020の中止が発表された。20日の本誌発売時には、すでに中止の決まったイベントになってしまった。

私がまとめた16ページのスペシャル記事は“幻のCP+2020”となった。私にとっては「アッチャー…」で済んだが、その発表と共に、写真家たちから不安の声と悲鳴が聞こえてきた。いずれも、メーカーブースのステージに登壇予定だったり、イベント参加など何らかの形でCP+に参画するはずの人々だった。

写真:幻のCP+2020。やっちまったスペシャル記事

引き波

出展の主体だった各カメラメーカーの国内販社は、CP+2020の中止を皮切りに様々なイベントを中止し、ギャラリー、ショールーム、セミナー、スクールを休止した。関係の写真家は一斉に仕事が無くなってしまった。

実は、カメラ誌をはじめとする写真関連のメディアのギャラは非常に安い。写真家はメディアへの寄稿は宣伝と割り切って、そこで得た知名度や影響力を武器に、ギャラの高いメーカーや一般企業の仕事を得てはじめてペイするビジネスモデルになっている。CP+の開催中止で、年間に得るはずだった大半のギャラを失った写真家もいる。事態は深刻だ。

一方、出展するはずだったメーカーも直前まで準備を進めていたから、莫大な損失を被ったはずだ。出展の担当者は後始末にさぞ大変な目に遭ったに違いない(私は、過去25年間にわたってレンズメーカーでCP+とその前身の日本カメラショーの出展に直接関わっていたので、その苦労は容易に想像できる)。

受難

カメラ誌の収益も、メーカーの広告出稿によるところが大きい。出版不況による部数減に追い打ちをかけるように、コロナにやられてメーカー各社は広告を引き上げざるを得なくなった。各誌の台所はどこも、おそらくとても厳しい状況に違いない。私のいたカメラ誌は、5月20日に発売が予定されていた「6月号」の編集の真っただ中で突然休刊が決まった。

休刊の詳しい経緯は聞かされていないが、赤字必至の本をこのまま刷るわけにはいかないという経営判断があったものと推察している。全国的に書店が閉店していて刷っても売る場所がなかったのかもしれない。また、コロナ禍で大きな痛手を受けたメーカーが広告を引き揚げてしまったのがトドメだったかもしれない。創刊から42年。500号続いたカメラ誌のサドンデス。カジュアルでイージーに読み流せる軽みがウリだった愛すべきそのカメラ誌は、コロナにやられた。

写真:2020年5月号をもって突然の休刊となった。奥付には次号の予告も掲載されている。

ラスト

以下の引用は、結果的に最後となった私の編集後記。まさか、創刊時の高校生の頃からの読者だった自分が、そのラストメンバーの一人になるとは思いもしなかった。

うりゃ!キンちゃんデス。コロナ禍で非常事態宣言下にあるここ新橋の編集部でも、ヒシヒシとその不気味さを感じているところです。編集作業の半分以上は元々リモートワークですが、写真プリントや送付物を扱う作業、校了業務はリモートではできません。よって電車に。また、プロカメラマンの方々は仕事がほぼ無くなっている状態で、キンちゃんも他人事では無いと感じています。健康の危機と経済的な危機。新コロめ!負けないぞ!お前なんかこうだ!鉄拳 (金城)  *4月10日記

そして、本誌の休刊とともに私は編集部を離れることになった。

全国的に移動の自粛を求められる中、写真家たちも撮影ができなくなってしまった。企業からの撮影仕事もキャンセルになった。個人で催していたワークショップ・写真教室も自粛した。スクールフォトを副業にしていた連中は、学校の休校や保育園の閉鎖で撮影が無くなった。写真展も中止になった。そんな中で、彼らの間でいち早く流行ったのがオンライン飲み会だった。

どうやら、CP+のキャンセルの穴埋めにメーカーが用意してくれたオンラインイベント(動画配信など)の打合せに使ったテレビ会議システムが面白かったようだ。“飲む”システムは「Zoom」が定番らしい。「せっかく編集者になったのに残念だったね」と誰かに慰められたが、契約であと2ヶ月分のギャラがまだ入る予定の私は複雑な気分だった。なかには2月以降全くギャラが入ってこない御仁もいたのだ。

思うこと

2年前に会社員を辞め、写真を“なりわい”にしようと続けてきたが、ここへきて思うのは『写真は職業として成立し難い時代に来たのではないか』ということ。

一つの例だが、スクールフォト(学校写真)と呼ばれる分野をご存知だろうか。かつては営業写真館のドル箱だったが、今やネットでカメラマンを集めネットで保護者に写真を売るという、Webとクラウドを操るIT事業者が中心の業態だ。そこで何が起きているのか。実体験と取材から見えてきたのは、Webシステムを運営するIT事業者によるカメラマンからの搾取と、保護者の写真離れだ。

IT事業者は、素人に近い若いカメラマンをネットで大勢集め、驚くほど安いギャラで学校に派遣し撮影させる一方、自らは保護者への写真プリント販売で稼ぐ。そのビジネス自体は写真館の時代からあるものだが、問題はギャラの低下だ。決定的な失敗無く誰でも撮れるカメラが巷にあふれ、参入障壁が低くなったカメラマン市場に安いギャラも甘受し得る副業カメラマンが数多く入ってきた。彼らの行動や手配を束ねるIT事業者は、中間搾取でそれなりの儲けを得たはずだ。

一方、未熟でコミュニケーションの拙いカメラマンや、クレームを恐れる事業者の指示で“つまらない写真”ばかり撮らされるせいで、保護者は業者の学校写真を買わなくなるという事態も起きている。もう保護者は自分で撮るのだ。保育士も自分で撮るのだ。業者が撮る写真は買わない。

実際に派遣カメラマンとして学校や保育園の行事の現場に出てみると、“自分が求められていない”ことに気づく。保護者のするどい目線。「どけ」「邪魔だ」「いい位置を独占して」などなど。30年前に経験した現場に比べると、大変なプレッシャーだ。保育園で保護者が立ち入れない日常保育の様子を撮影する際には、外部の人間を警戒する保育士のブロックを受けることもある。実は私も保育士の資格を持っているので彼らの気持ちはよくわかる。当然そんな状況ではおざなりな写真しか撮れない。そして、保育園に通う子を持つ保護者としての私自身の目からも、担任の保育士が撮る写真のほうが実際にいい。いきいきとした子供の様子がよく写っている。あるときから私の妻は、業者の写真をほとんど買わなくなった。

同じような搾取と仕事の質の低下は、写真だけではなく様々な業種で起こっているようだ。一般にクラウドワークと呼ばれるネット上で仕事の募集や応募を行うマッチングサイトの中でそれは起きている。具体的には、Webの記事を書くライターの仕事に見られる。問題はギャラの相場があまりにも安いこと。誰にでも始められそうな仕事ゆえの“たたき合い”が起きている。募集の内容を見ると、発注元から送られてくるどこかの資料を参考に記事をまとめ上げるような仕事だ。Webニュースでよくお目にかかる中身の乏しい記事は、おそらくこんな仕組みで作られているのかもしれない。Web移行やリモート化がさらに進むとされるアフターコロナの世界。先が思いやられる。

さいごに

コロナの本当の怖さはこれから来る。物流と人の流れにブレーキがかかり、世界中が不況に襲われ中小だけなく大企業も次々に吹っ飛ぶ。大量失業で有り得ない額の財政出動を余儀なくされる国家経済は、インフレやデフォルトで金融システムを破壊する。途方もなく悲観的で先の見えない状況が、おそらくしばらくの間世界中を覆う。自分や家族を守り貧困に陥らないようにするには、これからどんな仕事をすれば良いのだろう。今、真綿で首を絞められつつあるような緩さとあたたかさの中で、もがくように考え続けている。そして『もう写真では食っていけない!』とつぶやく。ふん! 何をいまさら。

4月15日。人影が消える午後3時の新橋駅銀座線乗り場行き通路。背中はSL広場! この前の週も同じような光景を見た。もちろんパラパラ人は通るが、こんな瞬間もしょっちゅう平気で現れた。