◎早稲田祭展合評会報告
2014.11.16開催
きれいになってピッカピカの穴八幡の厠を出て、早稲田祭当日とはうって変わって閑散とした休日の戸山キャンパス正門に視線を向けると、初老の男が警備員に構内への立ち入りを断られているように見えた。
今井隆一さん(S38年卒)だった。
「入ろうとしたら警備の人に誰何されちゃったよ。『どちらに行かれますか?』だってよ!!勝手に入っちゃいけないんだね??!!」
現役学生への手土産の菓子折りをブラブラさせながら今井さんは複雑な表情だった。校友会員でもあり愛校精神旺盛な今井さんの心中はいかばかりだったろうか。
毎年早稲田祭終了後にやってきた合評会のゲストとして、今回は今井さんをお迎えしていたのだった。いつもの参加者である幹事会メンバーの菊池武範さん(S42年卒)、増田智さん(H3年卒)を加え、WPS幹事長(70年代は代表委員と言った)当代のY.Kさんの出迎えを受け、引率されてキャンパス内の合評会場に向かった。
Y.Kさんによると、11月2日、3日の早稲田祭展では約80点が展示され、2日間で800名強の入場者があったそうだ。1枚100円で販売したポストカードの売れ行きはぼちぼちで、1人で2100円を売った部員もいたが、「半値にしてもなかなか売れるものではないですね」。
商売の難しさも体験できたようだった。
★Y.Kさんの展示「ここそこ」組3枚
今回は壁面展示に加え、同一テーマ、タイトルでのbookの展示も多かった。伝統的な透明ファイルにプリントを入れたアルバムの他に簡単な製本がされたものも多数あった。「フォトブック」と言うのか、インターネット上から編集ソフトをダウンロードして、レイアウトなどをしたデータを業者に送って製本までを依頼するのだそうだ。プリント見本は介在しないのだが、ツボにはまればそれなりの本を1冊から手に入れることが可能となったのだ。
book
今井:「誰でも出版社作れるの判るわ!!へえ???こういう写真を撮る人がいるんだ!!こういう風な写真を学生さんが撮ってるって知らなかった。僕らの学生の時とは違うじゃない。昔は頭でっかちの写真が多かった。へえ??嬉しいな、こういう写真」
Y.K:「逆にそういう固いというか、そういう写真が少なくなっていて、それが問題にもなっています」
菊池:「言葉で考えてね、写真が追っつかないって人も多かったけどね」
こんなやり取りで合評会は始まった。
デジタルで撮っていたK Y.さんは、今年に入ってからフィルムで撮った写真の質感が気に入って、ペンタックスMXに加え二眼レフも使いはじめたという。カメラや感剤、bookについてのやりとりで暫し話は盛り上がったが、bookについてはOB側が教えられることも多かった。
Y.K:「bookの中に壁に展示するに適当なカットが別にあったんではないか、という指摘を入場者から受けました」
この発言には皆同感だった。プリントの調子もbookの方が写真の内容に合っているように思えた。ある種の流行写真に敏感な業者のノーハウの蓄積に関心した。
因にY.Kさんの作品はポートラとエクタクロームで撮影して、プリント用紙はあれこれ検討した結果ピクトリコの何とか言う紙に決めたそうだ。しかし、bookの印刷の方が写真の内容との親和性が良いように思えた。
★K.Tさん「みず?おせろ?」組6枚
水の写真を撮るのが好きなK.Tさんは早稲田の学生ではなく某美術系大学のデザイン関連の学科に在籍しているそうだ。将来は写真で身を立てたいと考えているが写真系の学科じゃないので、「写真やってる人に囲まれたいな」とWPSに入部したとのことだった。WPSに限らず他部にもそういう人は結構多いそうだ。
大学内のスタジオでタングステンの常備ライトとスナップオンストロボを使って1時間ほどで150カットほど撮ったという。モデルは同じ大学の油絵科の学生とのこと。「水と女性は似ている」とのことだった。
今井:「こういう写真は早稲田に無い写真だから、刺激しあった方が良いよ」
増田:「黒バックと白バックだが、服は換えなかったんですね」
K.T:「化粧と表情だけが違っていて、この人自体は違っていないんだよって。服まで変えるとシチュエー ションが変わってしまうかなと思って」
今井:「もうちょっと枚数を絞ったらどうかな。2枚だけで見てみようか。こっちの方が良いのでは?」
セレクションについての話が進む中で、今井さんが篠山紀信さんが撮った山口百恵さんの全撮影カットを見た時のことについて言及し、その技術力とそれぞれのカットの完成度について話した。
S.T:「学校の授業でプロの写真家の方に『絞った写真は判る』って言われるんですけど、どういう意味な のかな?」
今井:「選べない時は全部が良いか、一枚も撮れていないかだ。今だ!!っていう一瞬があるでしょう」
増田:「撮ってるのか?撮らされてるのか?もっと寄った写真もあったんですか?例えば目だけとか、口だ けとか?」
K.T:「連射は切って撮っています」
菊池:「レンズは何なの?」
K.T:「カールツァイスの50mmです」
増田:「ああ、それでこれ以上は寄れなかったんだ」
K.T:「もっと寄って、色だけあってボケボケの唇の写真が有っても良かったかな??」
K.Tさんは渋谷のスクランブル交差点辺りで行き交う人に声をかけて写真を撮っているとのことだった。人への興味が続く限りは取り続けるという。
★H.Wさん単写真3点「都会のオアシス」「明鏡止水」「浮世」
昨年の槍ケ岳の満点の星空やレインボーブリッジなどの写真で、その撮影技術とレタッチテクニックの力量の高さをいかんなく発揮していたH.Wさんの今回の作品は単写真3枚
1,「都会のオアシス」=不忍池の蓮の無効にビルが見えるもの
2,「明鏡止水」=微妙な時間帯の知床の港と星、
3,「浮世」=モノトーンの風景の中で頑張って生きる辛さの象徴としての一本の樹
以上に加えスマートフォンで撮影した東京の大雪の写真を中心にした組み写真だった。
今井:「ずいぶん安定しているよね。技術的にもしっかりしている。」
H.W:「浮世」はもともとモノトーンの3枚組で、前回の「七月展」で受けが悪かったので今回は1枚にし て、蓮の写真と知床の写真を加えてそれぞれ単写真3枚として展示した。
今井:「知床なら知床で、蓮なら蓮のテーマの3枚組にしたら良かった」
「浮世」はカラーデータのRGBの彩度を下げて青だけちょっと残したそうで、微妙なプリントの調子にH.Wさんの写真への拘りと技術力の高さが伺い知れた。しかし、見た目が暗いので人気投票の票が稼げないとのことだった。
スマホ撮影のカットは東京の大雪の日一眼レフで撮影していて、休憩の時にスマホで撮った写真だったが「これが一番感じが出ていた」とのことだった。
H.Wさんにしては珍しいカットだと思った。「写っちゃった写真」を選んで展示したH.Wさんの柔軟性に今後の可能性を感じた。
興味はスマホ写真に写っているものに移り、Red Bull(栄養ドリンク)だけ売り切れ表示のある自販機の写真では、売り切れの意味を自販機業者がどう分析するのか、などについてH.Wさんから興味深いレクチャーを受けた。
(休憩)
今のW大にはWPSの他にリコシャ、シャレードがあり、所沢キャンパスにはトイカメラサークルがあるとのこと、12月13日の総会で新執行部に引き継がれること、などなど雑談が続いた。
いつWPSが誕生したかという話題になると、S.Tさんが持っていた「写真集 土門拳の『早稲田1937』(土門拳撮影 講談社)を見ながら、
S.T:「この写真のキャプションに写真部員とあるからこの時には有った筈だ」
菊池:「もっと前から有ったのは確かなんだよ」
S.T:「石橋湛山の息子が写ってるんですよ」
今井:「秋山庄太郎さん知ってます?岡田紅陽さんは?」
Y.K:「聞いたことあるかな???」
「こないだOBさんがいらっしゃって、ワセダブラックについて聞きました」
「早稲田の黒焼き」という時代もあったことを思い出した。
★S.Tさん「Gaining one’s definition」組4枚
S.T:「タイトルは、それぞれの定義を得るという意味です。土門拳の「風貌」が好きなんですけど、その 中に『40歳になったら自分の顔に責任を持たなければいけない』というみたいな言葉があって、『20 歳の僕たちの顔は無いじゃん。僕たちに定まった顔なんて無いのかもしれない』と思って。ブレとかボケ とかわざと顔を隠した写真にしてみようと思った」
今井:「タイトルですけど、この言葉って一般的にあるの?」
S.T:「日本語でタイトルつけるとちょっとおかしいかな、と思って。これ何だろうなと考えて欲しかった んですよね。意味はちょっと調べるとわかるし」
今井:「昔と変わっていないな。発展途上。これが完成品とは本人も思ってないよね」
S.T:「写真作家とか、木村伊兵衛賞とか取られる方いらっしゃるじゃないですか。何か、こんなもんって 思うんですよね。拡散したままイメージが収斂しないっていうか。なんか深みが無いっていうか。審査員 に受けそうな写真を撮っていけば良いというか。それじゃまるでサロンじゃないですか。」
昨今の写真状況に対するS.Tさんの「怒り」が光線引きの写真を選ばせたのかもしれなかった。
意図せず裏ぶたを一瞬開けた結果がたまたま丁度良い光線引き写真を産み出したとのことだった。
話は土門拳、木村伊兵衛からアメリカンニューカラー、リー・フリードランダー、ワイエス、アラーキー、川内倫子、梅佳代、蜷川実花、などに及んだ。
S.T:「明らかに既視感があるんですよ、どの写真にも。自分らしい写真が撮れないんですよ。どう撮って も既視感がつきまとって。僕はどういう写真撮ったらいいのかな?」
STさんはどんな写真を撮っても、どんな写真を見ても既視感を感じて、「自分が撮らなくても良 い!!」という思いに至るそうだった。
菊池:「もう君は他人の写真を見なきゃ良いんだよ」
増田:「撮りたいものがあるかどうかが一番大事では?」
今井:「まだ伸びしろがあるから良いよ」
S.T: 「伸びしろは有っても、伸びないかも知れない」
お後がよろしいようで、となったのだった。
註:「40歳になったら、人は自分の顔に責任をもたねばならない」というフレーズは、U.S.A第16代大統領のリンカーンが残した言葉。Every man over forty is responsible for his face。
★E.Yさん 「shooting」
昨年のE.Yさんの作品はカメラの分解修理する時に、プロセスを忘れないために分解工程を撮影したものだった。メカとパーツの美しさに一種の感動を覚えたものだったが、今年のモチーフは射撃だった。
WPS入部前から射撃部に在籍しているE.Yさんならではのモチーフで、話題は写真についてと言うより、もっぱら銃と射撃そのものについて終始した。
菊池:「質感が大事なので補助光があったほうが良いね。レフとか使ってみたら」
E.Y:「これを見てくれた機に射撃始めてくれる人がいればいいな??と思っています」
的をぶち抜いた瞬間をマルチ発光で撮ろうとしたり、ライフリング(銃身内の溝)を被写界深度を研究して撮影したり、適度に分解して銃が持つ造形的な美しさに迫ったり、「短時間で撮影した」(E.Y)にしては初めてみるカットばかりでちょっと興奮したのだった。
競技の時は火薬の量を少なめにするのだそうだ。そうすると弾丸のスピードが遅くなって弾道が安定するとのことだった。弾丸のスピードが早いと空気抵抗が強くなって弾丸がブレて安定せず、狙った所に行かないそうだ。
今回は「共同book」という新企画があった。
「positive」「negative」というタイトルの2冊のアルバムを用意して、各自が勝手にpositiveと思った写真はpositiveのアルバムに、negativeな写真と思ったらnegativeの方に収容したものだった。
これについてはテーマの設定の難しさについて話された。