柏木久育のNY便り-2 161103

 某月某日、ジイさんの朝は早く六時起床、柿、レモンジュース、ピタ、チーズ、ヨーグルトの朝食、洗面、入浴、メール返信などを片付け。八時半に出て、ユニオンSQまで10分ほど歩き、途中フリーペーパーの「am NEW YORK」「metro」を、水曜には「time out」を受け取り、街ネタ満載で案外役立ちます。さて今日はどのラインから始めようかと、思案しばし。SUBWAYは1回$2.75、30日間乗り放題で$116.5、7日間で$31、均一料金なので、運賃表をみる必要はありません。

 まだ通勤時間なので、かなりの混雑ですが、TOKYOのように体を押しつけあうような地獄はありません。他人との許容する距離感がすこし違うようです。人が多すぎると撮れませんが、また人がいないとこれまた、撮れません。混雑のなくなりかけと、混雑の始まり寸前が狙い目のようです。乗客はほとんどスマートフォンにかじりつき、顔が下向きで、ブルーの光が顔を不気味に照明しています。あとは本を読む人が多く、B5サイズで500ページぐらいの大きめの本から、ペーパーバックまで様々です。本にカバーをかける習慣がないので、乗客の本のタイトルを読むのが楽しみです。最近の映画原作本から、「映画ビジネスで成功する方法」など実用書をよく見かけますが、今日は卒論でも書くのか、T・S・.エリオットを読む青年と、ウィリアム・フォークナーの「八月の光」を読んでいるおじさんがいました。
とにかく、ひたすらに待ち続けることです。ごく普通の空間に、何か違うものが侵入してきて、新たな空間を作り出すというマジックは、そうはナカナカ現れません。とにかく「待つ歓び」はたっぷりと味わえます。


三時間ほどして、チャイナタウンで浮上して、偽ブランド品の時計とバックを扱うおばさんたちをかき分け、(相手は人を見わけるプロですから、何回通っても、声をかけられることはありません)いつもの中華屋さんへ。香港の新年番組のビデオを流していて、広東語で、健康であること、家族がたくさんあること、財産を築くことを、軽い高音で延々と歌い続けています。しかし、すこし早い時間にいくと、割とディープなジャズが流れています。今日はワンタン麺で$6+チップ1、トイレをすませて、すぐに戻り。


SUBWAYの中で待ちつづける慰めは、多彩な芸人さんたちです。アフリカ系のコーラスグループ、ノリがいい時は、車内で合唱となります。ラテン系ギターとアコーデオンのラブソングを歌う二人組、中国系の横笛、ロックの三人組。身体能力を活用した、若者のバック転、ポールを利用した回転など見事です。本来のオーディションの合格した正規の人は、実入りの多いタイムズSQやユニオンSQなどの大きな構内で演奏してします。その他はドネーション(寄付)を求める人たちで、ホームレスだ、こんなに体が不自由だと、さかんにアピールします。理路整然とした人、哀れさを強調する人、飼い犬を連れて、前足で耳を押さえさせ、目をきょろきょろさせて同情をかう人など工夫している人もいます。プレゼンテーション能力の技量が、ただちに収入に反映しますから真剣です。  


午後は三時間半ほどで、撮れ高から延長するか、終了するかを決めます。ブロードウェイライファイエットで浮上して、ラホールでスペシャルティで一息、紅茶というよりチャイという感じで、ほどよい甘さが体にしみ込んでいきます。
すこし歩いて東4丁目の「OTHER MUSIC」へ寄るのが楽しみでしたが、なんの変哲もない額縁屋さんに代替わり。小さな店舗ながら、品揃えが良く、置いてある、音楽、美術関係のフリーペーパーも吟味され、ほんとうに良い店で、CDもかなり購入しましたが、残念です。またすすんで、東12丁目の「ACADEMY RECORDS」へ、ここも小さなお店ですが、良心的な値段と真摯な品ぞろえが売り物。昨年はジョン・クレマーの「NEXUS」LP二枚組を$8でゲットしました。三分歩くとアパートです。


昼間は、たどたどしい英語で暮らしているので、日本語を浴びるように聞きたいので、もっぱら落語を聞きます。志ん朝を聞き終わり、今は談志を聞きながら、データ保存、セレクト作業、メール送稿。あいまに簡単な自炊をしたり、洗濯を片付けます。
多和田葉子を読み終わり、最近はもっぱら柳田國男の再読をしてから就寝します。
ジイさんのNYCは、とても小さく、地味で静かです。